サイバーエージェントの事例から考える「固定残業80時間分」の是非

サイバーエージェントの事例から考える「固定残業80時間分」の是非

みなさん、こんにちは!
社会保険労務士のなかだです。

このブログでは、人事労務に関するトピックスを、中小企業の社長様向けに、わかりやすくお伝えしたいと思います。

サイバーエージェントの初任給42万(固定残業80時間含む)の意味

先日、IT大手のサイバーエージェントが来年度の新卒初任給を42万円に引き上げるというニュースが話題になりました。新卒初任給の平均が22万(令和3年度賃金構造基本統計調査)ですから、約2倍の水準です。

日本の若手労働人口が減少し、優秀な若手がより厚待遇と成長機会を求めて海外に流出する中、年功序列にとらわれない思い切った賃金制度に舵を切ったように見えます。

さらに物議を醸したのは、その中に「残業80時間分、深夜46時間分の固定残業手当」が含まれているということでした。これに対し、SNS上では「80時間も働かせるなんて超ブラック!」と非難の声が上がる一方、「逆に無駄な残業が減るのでは?」と前向きにとらえる意見もあり、賛否両論のようです。

本日は、この「固定残業手当」のもつ意味について考えたいと思います。

固定残業手当とは

まずは基本を整理しますが、固定残業手当とは、実際に残業をするしないに関わらず、毎月一定時間分の残業代相当額を定額の手当として支払うことを言います。

固定残業手当を採用する場合、求人広告や雇用契約書には

固定残業手当(時間外労働の有無に関わらず〇時間分の時間外手当として△△円を支給

のように、他の手当と固定残業手当を明確に区別し、何時間相当か(みなし残業時間)を明示することが義務付けられています。(改正職業安定法:2018年1月1日施行)

固定残業手当を支払えば無制限に残業させられる訳ではなく、実際の残業時間がみなし残業時間を超えた場合には、その差額を支払わなくてはいけません。逆にみなし残業時間より実際の残業時間が少なくても、固定残業手当は満額支払わなくてはいけません。

従業員の立場からすれば非常にお得な制度に見えるのですが、世間では「固定残業手当=ブラック企業」というイメージが根強く、残業手当を1円単位できっちり支払うのがホワイト企業、と思われているようです。確かにかつては、実際は最低賃金レベルの低賃金にも関わらず、求人広告で固定残業込みであることを隠して水増しした月給を掲載し、長時間残業させても残業手当を支払わない、いわゆる「求人詐欺」が社会問題化した時期もあったので、その名残もあるのでしょう。

固定残業手当導入のメリット

「固定残業手当」がブラックかどうかは、その制度を導入する会社の狙いや実際の残業時間によります。「高額の残業手当を払うことなくできるだけ従業員に長時間労働をさせたい」と考える経営者も、かつてはいたのかもしれませんが、今となっては少数派ではないでしょうか。昨今は働き方改革に象徴されるように長時間労働に対する世間の目は厳しくなっていますし、何より「従業員が残業すればするほど利益があがる」という時代ではありません。

むしろ経営者としては、「無駄な残業をせずに効率的に働いてほしいのに、残業代目当てにいつまでも会社に居残る」生活残業社員に頭を悩ませることの方が多いのではないでしょうか。

そんなとき、固定残業手当は合理的な制度といえます。従業員にとっては、残業してもしなくてももらえるお金は同じですから、効率的に仕事をして1分でも早く帰ろう、という動機付けになります。

従業員が残業せず早く帰るようになれば、長時間労働による健康リスクが減るだけでなく、空き時間を自己啓発や人脈作りに充てることで社会人としての視野を広げ、また趣味や家族との時間が充実すれば、心身ともリフレッシュし仕事の能率も高まります。固定残業手当で実際の残業代以上のコストを払ったとしても、それ以上の効果が期待できるのではないでしょうか。

固定残業手当導入時の留意点

固定残業が向かない働き方もある

ただ、働き方によっては、固定残業の制度がうまく機能しないケースもあります。上記のメリットは、仕事の進め方や、残業する・しないを、ある程度自分で決められる裁量があり、仕事の生産性に個人差の大きい、いわゆるホワイトカラーの職種にしかあてはまりません。

例えば工場の生産現場、小売・サービスなど接客業では、納期を守るためやトラブル対応のためのやむを得ない残業や、お客様の都合スタッフの突発的な休みのために、チームの誰かが所定時間を超えて働くことは避けられません。残業を断って定時退社するスタッフと、人手不足をカバーしてくれるスタッフで手当に差がつかなければ、モラルハザードを起こし従業員のモチベーションを下げることになるので、固定残業の導入は避けたほうがよいでしょう。

みなし残業時間は多くても45時間以内に

固定残業手当のみなし残業時間は何時間くらいが妥当なのでしょうか。

1つの目安として、労働基準法の時間外労働の上限が年間360時間、月45時間(特別条項なしの場合)であることから、一般的には30時間前後~45時間以内に設定されることが多いようです。

ちなみにサイバーエージェントのみなし残業時間は80時間。これは労基法の上限を大きく超え、過重労働による過労死との関連性が高いといわれる水準です。

かつて、月80時間の固定残業手当の有効性について争われた「イクヌーザ事件(東京高裁平成30年10月4日判決)」では、「月80時間の時間外労働が継続することは過労死の危険を招くものであって、大きな問題があると言わざるを得ない」とし、実際に原告である労働者の時間外労働が80時間や100時間を超える月もあったことから、「このような長時間労働を予定するような固定残業の定めは公序良俗に違反する」として無効とされています。

サイバーエージェントが公表している月平均残業時間は31時間ですから、月80時間相当の固定残業の定めが、ただちに「80時間分の実際の残業を予定している」とはみなされない可能性もあります。ただ現時点では、45時間を超える固定残業手当の定めは否認されるリスクもあると考えたほうがよいでしょう。

「残業を減らそう」というトップのメッセージを伝えよう

最後になりますが、固定残業手当を導入するなら、必ずセットで「無駄な残業をせずに効率的に働き、私生活を充実させよう!」というトップのメッセージを繰り返し伝えるようにしてください。

というのも、従業員の中には「30時間分の残業手当の前払いということは、最低それくらいの残業を暗に命じられている」と誤った忖度をし、無駄に残業時間を引き延ばす人もいるからです。会社にとって支払うコストは同じとはいえ、このような誤解をされると、不要な残業をわざわざさせることになり、期待した効果は得られません。

まとめ

いかがでしたでしょうか。固定残業手当は、残業を減らし仕事の効率を上げるための動機付けとしては有効ですが、製造現場など固定残業になじまない働き方の職種で導入をしたり、残業代の節約を目的として安易に導入をすると、従業員のモチベーションを下げるだけでなく深刻なトラブルに発展しかねません。また、総支給額を変えずに、従来の手当の一部を後から固定残業手当に変更することは、不利益変更となるため本人の同意なしに進めることはできないことにも注意が必要です。

固定残業の導入の際には、まず専門家にご相談されることをお勧めいたします。

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